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方言で苦労した話(2017.06.07 WED.)


天の戸の森谷さんの杜氏コラム「恋する秋田弁」を読みました。
面白くも切ないお話でした。何年か前まで、私も方言で苦労していたことを思い出します。


東京から娘を伴って秋田に移住してから40年以上経ちます。
思い起こせば遠く東北の地に移住して、耳慣れない秋田弁に随分悩まされました。

何回も聞き直すことが失礼に思えて、曖昧なまま注文を受けて失敗したこともありました。
イッケェースゥって‥‥1ケースなの?一級酒なの?‥‥など。

夫は地元の人とは秋田弁で、私が会話に入ると私に話すときだけは標準語(?)でした。
無理だろうと思ったのか、秋田弁で話すことを促されたこともありませんでした。
たまに勇気を出して秋田弁を使ってみたときの夫の反応は、冷ややかなものでした。
「わざとらしい」とか「濁音が違う」とか厳しく否定されました。微妙な半濁音ができないんです。
そんなことがあって、私は秋田弁を使いこなす生活を早々と放棄し、秋田弁を使わずに気を許して話せるのは夫だけの日々を過ごしていました。

娘(第一子)が秋田市のど真ん中の小学校に入学してからは、転勤族の奥さんたちと心置き無く意思疎通ができホッとしたものです。ただし、せっかく仲良くなっても、数年すると次の任地に引越して行ってしまう。大多数は秋田地元のお母さんでしたから。
PTAの集まりが終わって、雑談が始まると途端に私の理解不能なディープな秋田弁での仲間内の会話が始まり、私は置いてゆかれているような疎外感を味わったものです。

娘が小学校中学年の春のPTAのことでした。学年主任のY先生が学年全員の父兄の前で
「就職先の東京で、秋田弁に悩んで他人と会話ができず、自殺した教え子がいた。」と深刻な話をされました。どんな趣旨で話されたのか未だに解りませんが。
「え!そんな悲劇をこの地の人たちは体験することがあるんだ。」ショックでした。

私はハッと気がつき、我ながら名案と思えることを、自信を持って提案しました。
「それならせめて授業中だけでも、みんなで標準語で話すようにしたらどうでしょうか?」
そのお手伝いなら私にもできると思ったからでした。
ところが予期せぬ返答がY先生から発せられて、私は体が硬くなりました。
「秋田弁を(多分、田舎を)バカにするんじゃない!」そんな内容でした。
そして、「標準語ではなく共通語だ」と訂正されました。

余所者が標準語(?)を駆使して、軽々しく発言すべきことではなかったことに気がつき、私は顔が真っ赤になり周囲のお母さんの反応をみる余裕もありませんでした。
抱えているコンプレックスを、余所者から言われたくないのだ。と、察しました。
先生の発言に対して何か発言する人はなく、私の提案がおかしいと言う人もいないまま、しばし沈黙が流れました。その後、何もなかったようにそのことには誰からも一切触れられることはありませんでした。

新しい提案や反対意見は、慎重にも慎重を期して言わなければならないんだと気づきました。
忘れられない地域差ギャップの失敗談です。

千葉県房州、そこで疎開者として受けた仲間はずれの体験が私にはあリます。
我が家での会話は普通に標準語(?)でした。
方言を共有できないものに、地元の子供は厳しいです。
標準語(?)を使うなんて気取っている!と見做されるのです。
さすがに房州の方言の「ダッペ」は恥ずかしくて使いませんでしたが、会話のはじめの語り掛け言葉「アノサ~」はいつの間にか使うようになりました。
なので、就職で上京した時には、その辺は注意して話していた記憶はあります。方言で恥をかいたり悩んだりすることはなかったように覚えています。
 

b0226219_16245963.jpg房州の友人が送ってくれた名産「びわ」と

 
b0226219_16250294.jpg潮の香りがプンプンする「ひじき」
ごちそうさま!


どこに行っても自分を崩さず、譲らない大阪弁は別格です。
吉幾三さんや伊奈かっぺいさんが開き直って使い続け認知された青森弁、ラッパーの間では人気の秋田音頭など、東北地方出身であることが自慢できる材料にもなりました。
昔のような方言に対する偏見が少なくなったと感じます。
方言こそアイデンティティーだ!!と大きな声で言えるようになったのかもしれません。

今では時々「んだから~」「んだね」などと秋田弁が混じり喋る私です。
そして都合よく、ある時には生まれた富山県八尾町をふるさとと言い、またある時は育った千葉県の房州をふるさとと言い、県外に出れば今現在住んでいる秋田がふるさとだと言い‥‥関わってきた場所全てがふるさとだと言えることが嬉しいです。どこかひとつに決められないのです。

b0226219_16250571.jpg食べ始めてから、気がつきました。


食卓に並ぶ惣菜「わらびのお浸し」も、「ミズと蛸の辛子醤油和え」も、「根曲がり筍と油揚げの味噌汁」も、どれも秋田の自慢の山菜、ふるさとの味を当たり前のように食べています。美味しい!
ことほど左様に紆余曲折があって、私流にこの地に根付いています。
文化は、どんな地にどんな人種として生を受けたかではなく、どんな言語で生きているかによって決まるのかもしれませんね。

たまに県外からのお客さんに「秋田弁が聞きたい!」と言われることがあります。
そんな時は夫が、今はもう誰も使わないだろうゴテゴテの秋田弁で対応します。
(わざとらし〜い!可笑し~い!)



# by hanatabi-haruko | 2017-06-07 16:29 |

鎌鼬美術館(2017.06.05 MON.)


ずっと行きたかった羽後町の「鎌鼬美術館」に行ってみました。(冬以外の土日開館)

b0226219_17054080.jpg鎌鼬(かまいたち)‥‥日本に伝わる妖怪で、風と共にやってきて気付かぬうちに刃物で切りつけられたような傷が付いている。

 
b0226219_17054899.jpgここは長谷山家の敷地でした。

敷地の前のはさ掛けの木組みは、



b0226219_17065050.jpg写真家細江英公が撮影した土方巽演出「鎌鼬」を象徴するもの。


b0226219_17055206.jpg田代地区の地主だった長谷山家は、右側に母屋が明治15年に、

 
そして左側には、3階建ての鞘堂に収まる座敷蔵 が明治35年に建てられたそうです。



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b0226219_17055942.jpgこの家の上客をもてなしたと言われる座敷蔵は、


b0226219_17060498.jpg今は羽後町で生まれた暗黒舞踏家・土方巽の活躍を記録した細江英公の写真が展示される美術館として解放されております。


b0226219_17060908.jpg立派な漆塗りの梁に、白漆喰の壁がなんと美しいこと!


秋田出身の舞踏家 土方巽の存在には関心がなかったわけではありませんが、

b0226219_17064550.jpg情報だけで、実際にその舞踏を観たことはありません。


b0226219_17064762.jpg以前手に入れたポストカード


b0226219_17061323.jpg身長170センチを超える土方と、案外小柄だった玉野黄市(一度間近で観劇しました)のツーショット。二人の腰の位置の違いに驚きます。



あくまでも軽そうに高く飛躍する西洋のバレーに対し彼の舞踏は、腰を出来うる限り低くし体を硬くして素足で泥の大地を掴むよう。
すらりと長い西洋人の足に対して、田んぼの畦道に一日中飯詰(えずめ)に括り付けられて赤ん坊の頃を過ごしたガニ股O脚の東北人の足。そんな生まれ持った体躯前提で表現する土方の舞踏は、観劇者にとって決して心地よいとは言えず、ひ弱な鑑賞者を寄せ付けないものだったかもしれません。が、彼の周辺には若き芸術家や賛同者たちが集い、彼の暗黒舞踏の試みを支持していたようです。

b0226219_17062117.jpg自然光が入る座敷蔵の2階。


b0226219_17061823.jpg巨大とも言える木材に圧倒されます。


b0226219_17062514.jpg「アスベスト館」での練習風景の写真


案内は、かつて長谷山家の大番頭だった家系で、近くの酒屋さんのご主人菅原さん。
私たちの知識を補足してくれ、土方巽へのさらなる興味を膨らませてくれました。
ありがとうございました。


b0226219_17063236.jpg贅沢な作りの母屋を抜けて


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2階の渡り廊下を鞘堂側に渡りますと

b0226219_17063781.jpg鞘堂3階はモダンな雰囲気の大広間です。


b0226219_17064035.jpgわざわざガスを引いて(ガスボンベかな?)ガス灯が設置されていたようです。


終戦までこの地区600町歩を取り仕切った大地主と小作人だった農民とは(お互いに)、当然のことながら距離をとっての付き合いだったようでした。
昭和の初めまで電気がこなかったところだそうです。が、贅沢な洋室には煌々と明かりがともり、事あるごとに地元の名士たちが集り、その度ごとに母屋の台所から階段を上がり下りして料理を運んだそうです。

時代は変わったといえどそんな田舎で、突然やってきた前衛芸術家を農民たちは拒否することもなく撮影を許しました。想像するに、農民と土方の間には利害関係は全くありません。自分を解放しありのままに振る舞う土方巽に戸惑い気圧されながらも、案外同じ(土の)匂いを感じて受け入れてしまったのではないでしょうか。稲刈りの繁忙期であったにもかかわらずです。

地元の農民を巻き込んで、よくぞ傑作「鎌鼬」が生まれたものだと不思議でしたが、雇われて掃除をしていた地元の方の話を聞いて納得できたような気がいたしました。
そして今では一緒に写真に撮られたことが、大切な思い出になっている年寄りがいるとのことでした。

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はさ掛けをしている農家は今でもいるそうです。縦柱の「はさ」は地面に差し込むのが大変で、もう何十年もこのままだそうです。
田植えの終わった小雨降る田んぼが‥‥美し〜い!

b0226219_17065962.jpgこの季節の花「ウツギ」、別名イワシバナが雨に濡れていました。


秋田市からは車で約1時間半の内陸部の田代地区ですが、熱心な外国からの訪問者もあり、年間2000人ほどの見学者がいるそうです。
行ってみてよかったと思っています。
# by hanatabi-haruko | 2017-06-05 17:41 |

日曜日の市内散歩(2017.05.29 MON.)


疲れが溜まっていて体調に自信のない日曜日の昼過ぎ、近くの千秋公園に出かけました。

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「モネの池」は濃い緑に覆われています。
ツツジも終わり、藤も散り、栃の大木が花を着けております。

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b0226219_14235987.jpg池の近くには黄色い花菖蒲


b0226219_14240288.jpg紫色のアヤメ


b0226219_14240617.jpgアヤメの根元にハクセキレイが


b0226219_14240858.jpgミチノクエンゴサクを見かけました。


季節が春には遅く、夏には早かったせいか、花が少ない散歩でした。

b0226219_14242017.jpg時間的余裕のある日曜の午後です。
迷わず立ち飲み酒房「松下酒房」さんを覗いてみました。



b0226219_14243573.jpg普段飲まない2酒を選び


b0226219_14243864.jpg2杯目に、私は「はちみつ甘酒」を注文いたしました。
夫は今や希少酒、A酒造さんの1.8リットル入りを注文していました。


どれもアルコールが15度ほどの夏酒ですし、昼食後の昼酒です。
無理なく胃の腑に落ちてゆきます。そして、疲れが徐々に抜けてゆくようなきがします。

折しも広小路通りでは、賑々しく催し物が開かれていました。

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秋田市の竿燈

b0226219_14242587.jpg鷹巣の大太鼓


b0226219_14242760.jpg土崎の曳山


b0226219_14242955.jpg鹿角の花輪ばやし


b0226219_14243242.jpg角館の曳山



遠出をせずとも近場で市内散歩。昼酒そして郷土芸能を楽しみ、ゆっくりした日曜日となりました。



# by hanatabi-haruko | 2017-05-29 14:35 | 雑事

緑陰の候(2017.05.23 TUE.)


b0226219_15411183.jpg元気な「アスパラ」が届き‥‥気がつきました。

 
秋に渋柿をたくさん届けてくれたSさん。あれからもう半年経っていたんですね。
季節を届けてくれてありがとうございます。

b0226219_15411541.jpg「山椒」は蝶の被害にも合わず、葉を広げています。


b0226219_15411895.jpg「姫ライラック」も香っています。


b0226219_15412538.jpgご近所のお庭の「ツキヌキニンドウ」


b0226219_15412152.jpg「クレマチス」。木々の葉や咲く花々は、早くも初夏の装いです。


b0226219_15412866.jpg冬を越し芽を出した「ミント」、逞しい緑色には驚かされます。


b0226219_15413228.jpg銀座の「Itoya」で購入した千代紙を一枚折ってみました。
麻の葉模様の透かしが涼しげです。



季節は順調すぎるほど順調に進んでいます。
北国秋田は今日も夏日でした。




# by hanatabi-haruko | 2017-05-23 15:47 |

東京で楽しめること楽しめないこと(2017.05.16 TUE.)


最近、東京で連休をゆっくり楽しむことが困難になったと、つくづく感じます。
14、15日の連休を利用して久しぶりに東京に出かけましたが。

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↑ 上野の東京都美術館のブリューゲル、ヒエロニムス・ボス‥‥混んでなかったらの楽観論は、息子からの情報で早々と打ち砕かれました。

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↑ 月曜日なら入場者が少ないかもしれないから、国立新美術館の草間弥生、ミュッシャーにも行ってみようかしら‥‥

b0226219_16302956.jpg「入場券を買うのに約30分、入場するのに約30分は掛かります」係員の少なめに見積もった説明で挫折。


どちらも思惑は外れて、今回観ることを諦めました。

b0226219_16293602.jpgそんなこともあろうと、「熊谷守一美術館」は一つ決めていました。


b0226219_16294925.jpg豊島区千早、大通りからは外れた路地に立つ小さな美術館で、訪れる人もあまりいません。


b0226219_16295866.jpg小さな前庭の「山法師」が花を咲かせていました。ほっ!


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外国からの観光客は益々増え、日曜日だけでなく月曜の銀座にもあふれています。
高度経済成長を支えてきた働き手(都民)がリタイアした後、生きがいを求めて美術館に殺到しています。
空港、公園、美術館、デパートのラウンジ、どこに行っても予想通りの人の波です。

そこまでして上京したのは、読売交響楽団のコンサートチケットが取れたからでもありました。(終演後のコンサートホール) ↓
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2000人は入るであろう席は日曜日の昼ということもありほぼ満席。
オンドレイ・レナルト指揮に寄る「ベートーヴェンの英雄」。大編成のオーケストラの迫力を満喫いたしました。
手頃な入場料で本格的なクラシックコンサートを楽しめるのは‥‥やはり東京ならではかもしれません。ここでも文化を楽しむリタイア世代が目立ちました。

b0226219_16303799.jpg覗いてみたかった
「itoya」では、紙製品の進歩にびっくり!紙製品の新分野!!
目新しい文房具に興味をそそられ、9階から一階づつ降りながら


b0226219_16304138.jpgあれこれ買い求めました。
これこそ東京の利点でしょうか。


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三越の9階でハーブティーで一休み、いえ二休みして


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混雑する歩道を銀ブラする。私たちも間違いなく混雑の一因でありました。


家(職場)を遠く離れ、気分転換はできましたが、目的が叶えられる算段が確保されてこそ、東京は楽しいところ。そんなことを実感した連休でした。




# by hanatabi-haruko | 2017-05-16 16:42 |