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秋ですね~(2016.09.25 SUN.)

せっかくの秋晴れの日曜日です。秋らしい景色を求めてでかけました。
今まで行ったことのなかった大仙市太田町の「奥羽山荘」。温泉で手足を延ばし、広いグランドゴルフ場の周辺を歩いて秋を楽しみました。

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「栗」はすでに収穫期を迎えています。


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「ナツメ」はもう少し待ったほうがよさそうです。

夫は待ちきれず、少しだけ色づいた実を口にいれました。
小さい頃、近所のお庭の「ナツメ」がこの時期のおやつ替わりだったそうです。


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珍しい「ほうの実」です。
充分に熟れた実に小鳥が集まるのも、もう直きでしょう。


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こちらも珍しい「白式部(?)」


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「野菊と女郎花」


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蝶が忙しそうに飛びまわっています。


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「むくげ」


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「ななかまど」


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「ガマズミ」


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「すすき」



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収穫期を迎えた豊かな田んぼ。



秋田はここまでは台風の被害にもあわず、順調な収穫と思われます。
今週火曜日あたりまでは晴れの予報です。
あちらこちらで、稲刈り作業が進むことでしょう。
我が家の植物たちも、秋酣(たけなわ)です。

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こぼれた種から「松葉牡丹」が咲きました。



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そして夜、今年は最初で最後。
頼りなげだった蕾み、たったひとつ「月下美人」が無事咲いてくれました。



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今年も「イチジク」の差し入れがありました。
赤ワインと砂糖、ハチミツで煮ました。
御馳走さまです!


by hanatabi-haruko | 2016-09-25 21:25 |

初秋散策 『小泉潟・水心苑周辺』(2016.09.20 TUE.)

17、18、19日の三連休、秋田市内では催しものが集中して、県内外からの参加者で賑わいました。私どもも流石にちょっと疲れました。
如何に稼ぎ時の三連休とはいえ、私たちにとって19日は「敬老の日」です。何としてでもお休みのご褒美は戴かなければ。
そんなわけで18日は営業時間を短縮し、19日はお休みでした。

多少疲れていても、労働による疲労は戸外に出て気分転換するのが一番です。
市内から車で30分ほどの場所にある小泉潟周辺に行ってみました。

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水心苑は、本格的な<林泉迴遊式日本庭園>で、樹木の中の小径を散策しながら

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餌を求めて集まって来る鯉を眺めたり

 
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白砂に映える萩の花を愛でたり、水辺の景色も楽しめます。


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春に咲き誇った藤は夏を越して今、鞘を沢山ぶら下げています。


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椿の実が色づき


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名を知らぬ蔓がまん丸な実を付けています。


小泉潟の遊歩道を歩いて行きますと、

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アベリアの花と百日紅の花が満開です。


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樹木に蔓を巻き付けて


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むかごが沢山なっています。


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広い芝生の公園の入口には噴水がまだ水を吹き上げています。


小高い丘の頂上の四阿まで歩いてゆきます。
街中のアスファルトの歩道をあるくのとは違った、少し負荷のかかるでも足裏と関節には優しいウオーキングです。

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草原にはトンボが飛び交ったり羽を休めたり‥‥トンボもそろそろ今年の最終章を迎えているのでしょうか。


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先ほど見た噴水。日が高く昇る頃には、元気な子どもたちが水の冷たさにも臆せずに遊んでいました。


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↑ 高くまで吹き出す真ん中の水柱に、ビーチボールを上手く乗せ遊び興じています。きっと今年の暑い夏に興じた、涼を得る最高のパフォーマンスの仕納めなのかもしれませんね。それにしても冷たそう!

小泉潟公園の一画には県立博物館もあります。
水心苑も県立博物館も無料開放されていますので、気が向いた時に気軽に楽しめる魅力的なエリアだと思います。

その後の買物を含めますと、この日の合計歩数は久しぶりに10000歩を越え、充分気分転換ができました。時折吹く風はひんやり、随分涼しくなりました。
by hanatabi-haruko | 2016-09-20 15:29 |

旭川の畔(2016. 09.17 SAT.)

大雨で増水し濁流となったり、雨無しの真夏日続きで底が見えるほど干上がってしまったり、旭川は季節天候によって様々に変化いたします。
今は程々の降雨で、程々の水かさです。
穏やかな流れの旭川の水辺では

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アオサギが羽を休め、

 
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時には若者たちがカヌー遊びに興じたりします。

 

街中を流れる旭川の畔に我が家はあります。
私は日に何度も戸を開けて、川と周辺の様子を眺めています。

朝はその日の空模様を見、その日の気温を肌に感じて羽織るものを決め、行き交う通学自転車の学生たちを(目で?)見送り、一日が始まります。

季節の変わり目の夜は、外気温で掛け布団の厚さを判断し、そして高層マンションの窓明かりを何となく数えて、戸締まりをします。

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事あるごとにベランダから、時には身体をのりだして、旭川のある空間を楽しんでいます。

因みに我が家の表側は川反通り、繁華街です。
今夜は川反通りで「サンバカーニバル」が開催されています。

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日が暮れた川反通り、カーニバルのパレードが通り過ぎていきます。

暑さ寒さも彼岸まで
川から通り抜ける風がすっかり涼しくなりました。涼風も川の恵です。
by hanatabi-haruko | 2016-09-17 19:25 | 雑事

初秋の角館散策(2016.09.12 MON.)

車で片道1時間、山車ぶつけの夏祭りが終わったばかりの角館を散策しました。

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黒塀の続く通りを吹き抜ける風が


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ここ一帯のお屋敷内の庭木由来だからなのでしょうか、


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とても爽やかです。


何度も来ている場所ですが、今回はゆっくり散策するのが目的です。

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玄関や


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薬医門に施された装飾が水=「波」なのは勿論火伏せ、防火の意味だそうです。


無料で屋敷内が公開されているお宅に入りますと、

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一階部分は裾が板戸、上部は明かり取りの障子の雨戸。雪対策が施されているのがわかります。それ程広くはない庭の巨木には目を見張ります。

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こちらの巨木は樹齢300年は越える「柏」の大木です。


説明を伺いますと、
「柏の葉は枯れても全部落ちることはなく、新しい葉が生えてくるまで必ず何枚かは残っている。」代々家が続いてゆく縁起のよい樹木なんだそうです。
「柏餅にも使うのですか?」と聞きますと

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「柏餅」をつくる習慣はなく、笹の葉で「笹巻き」をつくるのがこの土地特有なんだそうです。そういえばそうでした。


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熊笹も敷地内にありましたが、こちらも笹同様に料理の保存など、殺菌効果を利用するのではないかと想像いたしました。


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敷地内にはその他にも「茗荷」が沢山自生しています。


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根元を見ますと、「茗荷」です!


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大きな「秋田蕗」もありました。



そういえば、別のお宅でしたが、「ミズ」が自生し、ミズの実もそこで初めてみました。
栗、柿、梅など、敷地内にはできるだけ食用になる草木を植えているそうです。
季節の食材の塩漬け(塩蔵)が蓄えられていれば、わざわざ山に出向かなくても、ちょっとした食材は屋敷内で賄われるんだそうです。敷地内でなんとかやりくりして、家を守るのが良しとされたのだと想像いたしました。

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↑ 武家の女達はもともと外にはあまり出ずに、黒塀に造られた覗き窓から外の様子を伺うことが多かったようです。

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「水引」の赤


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「紫式部」が実を染めはじめ


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白萩が咲き


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「コスモス」が風に揺れ


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「トンボ」が飛び交う秋になりました。


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桜の季節だけではなく、初秋の角館散策もまた楽しいものでした。
by hanatabi-haruko | 2016-09-12 14:03 |

八尾 オワラ 風の盆(2016.09.10 SAT.)

9月1.2.3日の<越中八尾>『オワラ 風の盆まつり』が終わり、今年もE子さんがカレンダーを送って来てくれました。嬉し〜い!

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趣ある町並みの諏訪町。坂道のぼんぼりに灯が入り、地方(じかた)の三味線が聞こえてきて、いまにも踊り手が一人二人と通りに出てきそうな写真です。

おわら節(秋)
  八尾坂道別れてくれば  露か時雨か オワラ  ハラハラと

E子さんの話では、今年は雨の心配もなくよいオワラだったそうです。
前回オワラを見物したのは10年前でした。(元気な次兄夫妻と一緒でした)
また何時か必ず行きたいオワラの八尾です。

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名物の「玉天」


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五郎丸屋の「薄氷」。
大事に真綿にくるまれています。


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こちらも五郎丸屋の「越の宿場」。
和三盆の品の良い甘さが心に滲みます。


その他にも御地の珍味のビン詰め等、沢山ありがとうございます。
2歳までの記憶ですから自覚はありませんが、自分の生まれ在所が八尾町であることが嬉しいです。
by hanatabi-haruko | 2016-09-10 20:33 | 雑事

兄夫妻の『終活』その2(2016. 09.09 FRI.)

(前置き‥‥極々個人的な重~い話です。) 
<兄夫妻の『終活』>について話が出た去年の7月から一年が経ちました。

今年になってから兄は既に二回、入退院を繰り返しています。
一回目、頸椎の手術を翌日に控えた 1月31日、兄の病室を訪ねた時も、エンディングノートはまだ見せては貰えませんでした。
術後訓練して日常生活に復帰することだけを考えている兄に、「最悪の結果を考えて、どうして欲しいのか明記して!」とはどうしても言えませんでした。(ブログ2016.2.3『兄の覚醒』)

幸いにも手術は成功し、3月6日リハビリのために転院した病院に見舞ったときは、「真面目に訓練し、看護士たちも驚く程だ。」と、兄本人から報告を受けました。順調な回復が余程嬉しかったのでしょう。兄は得意顔で何度も何度も繰り返し話してくれました。

6月13日、兄夫妻のアパートを訪問したときには、表面的には元気でしたが、食欲がなく、兄は用意した仕出し弁当が喉を通らなかったのが気になりました。
気にしていたことが的中しました。翌日義姉の検査に付き添っていった病院で、兄が喀血してそのまま入院したことをF子さんからの電話で知り驚きました。
検査の結果は咽喉部の扁平上皮癌。「放っておけば余命一年の宣告を受けた」と、兄から電話を後日受けました。

数年前から身体の様々な不都合が次から次に見つかり、全身が徐々に老化現象を引き起こし、その都度入退院を繰り返してきたけれど、いよいよその日が来てしまったのか‥‥。それでも生命力が人一倍強い兄のこと、一日でも長く生きようと努力すれば余命は先に延ばせるに違いないと、私は思っていました。

二回目の入院(本格的放射線治療)は8月に入ってからでした。
・ 患部を取り除く手術は声を失うのでしない。
・ 抗がん剤は腎臓が悪いので使えない。
結局、患部に放射線を集中照射する治療をすることに決まり、最初は通院で、その後は8月のあまりの暑さで入院しての治療に変更されました。
義姉をひとりアパートに残してはおけない事情を知る病院の計らいで、一緒に同室入院となり、治療に集中できるであろうとほっとしていました。
義姉は持病の治療を継続していましたが、よく効く新薬を投与することを兄が決め、夫婦とも出来うる最良の治療を受けることになったのはよかったと嬉しく思いました。

8月25日兄から電話があって、29日(月)二人の退院後のことで相談会を持ちたいので、兄側親族として上京して欲しいとのことです。
今後の兄夫婦の生活に関わる大事なことです。時間をやりくりして何とか上京しなければ。(ブログ2016.09.01台風10号に急かされて)

28日(日)、兄から「今、何処?」の電話。
「(まだ)秋田‥」と答えると、そのまま何もしゃべらずに電話が切れました。
なにか言いたいことを沢山貯めてイライラしているように感じました。
8月29日、新幹線で上京。午後2時に病室を訪ねますと、兄は相談会のことで頭がいっぱいなのか、私と近況を話す余裕もないように見受けられました。

まず別室で、兄の患部の治療前治療後の写真を見ながら担当医の説明がありました。
放射線治療を受けた結果、改善された写真をみせられました。
治療による火傷の跡は、栄養を付け喉の筋肉を鍛え回復を待つんだそうです。(当面の最大注意は「ゴエン」、「ゴエン」による肺炎がもっとも危ないと注意されました。)

病室に戻り、いよいよ退院後の介護(生活援助)の話し合いが始まりました。
出席者は病院から看護婦長さん、看護婦さん、ソーシャルワーカー。それにケアマネージャー、兄夫婦の極身近にいてくれ介護士でもある知人F子さん。義姉の甥のYさん、私の計7人です。
ところが兄が開口一番
・ 病院への不信(義姉の担当医が急に出席できなくなったことの説明がない)
・ 義姉の担当ケアマネOさんへの不信(「兄の負担を減らす」という言い方に「夫婦はそんな一方的な関係ではない。支えられてもいる」ことを理解していない。)を指摘しました。
7人もの関係者が時間を割いて出席してくれたのに、兄は気にかかる点を追求することに終始し、堂々巡りが約一時間ほど続きました。

兄の身内として私は、万障繰り合わせて出席してくれた皆さんに申しわけなくて、結果兄を責めるような発言をしていました。やり取りの中で私の「(兄が)怖くて話せない」という発言に、「子どもっぽい発想だ!」と、私への不信が湧いたようでした。
兄は、信頼関係にある者の間では(激しい)議論はより良い結論への過程にすぎない。そんなことを言いたかったのかも知れません。学習としてのディスカッション‥‥私はもう何十年もしていません。そんなこともすっかり忘れていましたし、相談会がそんな場であるとも思っていませんでしたので。

婦長さんの「次会へ。」の発言で、18時にお開きになりました。
思ってもいなかった展開に戸惑ってか、出席者はすぐに解散できず、病室の外に佇んでいましたので、私は<老人の頑固さ>を詫びるしかありませんでした。でもそんな私の言動は、兄にとっては筋違い、余計なことだったのかもしれません。

翌日、「妹として不適切な発言をした」ことへの叱責の電話が兄からありました。(遠くから時間と仕事のやりくりをして上京したことへの気遣いや、直撃こそしなかったけれど台風10号の話は残念ながらありませんでした。)

「最近、堂々巡りが多くなった。」とF子さんから聞いていたことを思いだしました。
もしかして、客観的で論理的だった以前のような兄ではなくなっているのかもしれない。そのことに気付いていなかったのは、高齢者介護のプロでもなく、たまにしか会わない私だけだったのかもしれない。と、はっとしました。

複数の病いを患い、物忘れが始まっている妻を心配しながら、自らの病とも戦わなければならない兄。一年後なんてそんな先の話よりも、当面の治療が先決なのかもしれない。そうかもしれないけれど、余命一年と宣告されてから既に2ケ月が過ぎている‥‥有限な命であることは間違いないのです。
義姉が残された場合を想定して、終活作業に優先順位をつけ、義姉の身の振り方を早急に指示してほしい。その作業に一刻も早く取りかかってほしい。
その為に、日常生活のどんなサポートができるのか?次回相談会は話の進展はあるのだろうか?。私の頭の中ではいろんな思いがぐるぐる巡っています。

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時期外れのバラが咲いて、慰めてくれます。

生きることも大変だけれども、『終活』(終わりに向かって活きること)は大変なのだと実感しております。

 
by hanatabi-haruko | 2016-09-09 14:07 |

空は‥もう秋(2016.09.05 MON.)

秋田市は9月に入ったといっても、相変わらずの真夏日続きです。
もうそろそろ涼しくなってほしいのですが。

暑さの所為だけではないでしょうが、昨年は20個近く花開いた「月下美人」が、今年はまだ一個も咲いていません。疲れて痛んだ葉を選定していましたら、

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頼りなげな蕾を一個見つけました。
どうなるのでしょう。

 
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他のバラとは咲く時期をずらして、「プリンセス・ミチコ」が蕾を着けています。


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因みに今年最初の開花(一回目)は、7月23日でした。


気温が34℃まで上昇した日曜日の夕方、ゆっくり散歩に出かけました。

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ぐっしょり汗をかきました。
刻々変わる雲の様子は、もう秋なんですが‥‥。
by hanatabi-haruko | 2016-09-05 10:46

台風10号に急かされて(2016.09.01 THU.)

台風10号は東北や北海道の太平洋沿岸に大雨を降らせて、31日には日本海沖に完全に抜けていきました。
太平洋上で力を増したブーメラン台風であることも稀ならば、東北地方から上陸し日本列島を横断して行くなんて、気象庁始まって以来のことだそうです。
初めてのことで予測できなかったこともあって、被害が大きかったのには驚きました。心よりお見舞い申しあげます。(今日九月一日は古くは二百十日、防災の日です。これからが台風シーズン、農作物の収穫が心配です。)

8月29日、どうしても上京しなければならない所用を抱えて、私は朝の新幹線で出かけました。
目的の場所まで所要時間は約5時間。台風の進路やスピードが予想不可能な場合、時間がかかってもいつもの交通手段である「飛行機」は避けるべきだと思ったからです。
帰りのことは帰る時点で決断するしかありません。

兄からの要請ですので上京は決めてはいたものの、『月末の仕事』や家の裏を流れる一級河川『旭川』が気になります。『旭川』は、最近大雨が降るたびに溢れやしないかとハラハラさせられる川です。台風が秋田を直撃するよりはやくに戻らなければと思いながらの上京でした。

次兄の病室を訪ねたのが午後2時ころ、担当医師の話を聞き、本題の今後の介護相談会は‥‥結論に至らず話し合い不十分のまま時間切れ。又後日に再開することが約束され、退出したのが6時過ぎでした。
身内として、兄との間に話し足りないものを抱えながらも、既に私の気持ちは帰路の算段に向いていました。


日本列島のどの当りに上陸しても、コースは秋田を通って抜けてゆく予報です。
一刻も早く帰省しなければなりません。
台風10号の暴風雨の影響がではじめるのは何時ころなのか?
ホテルに着いてからテレビの台風情報をみたり、夫に秋田の様子を電話で聞いたり‥、気になりながらも風邪気味だった私は疲れがドッと出て、早い時間に床に着いてしまいました。

明けて30日、5時に起床6時にはホテルをチェックアウトして、東京駅に向かいました。予定していた10時21分発の新幹線を前倒しして、7時36分発に変更手続きし、台風より前を行こうという作戦で行動することに決めました。
後で知ったのですが、11時台発の新幹線から運休になったそうです。

既に風が強くなり、雨もパラついてきた東京駅を発車してからは、台風に追いかけられる感覚です。なんとか無事に先着したい。
分厚い雲や吹付ける雨を車窓に見ながら、ときには晴れ間の黄色く色づいてきた稲田の中を走って、新幹線は秋田に無事到着いたしました。

家に戻りますと、窓は全て閉められ倉庫には土嚢が用意されていました。
出かける前に簾は巻いておきましたし、川側の植木鉢は増水に備えて全て高い場所に移されていました。出来うる対策がなされていました。
その日はさすがに来店者は少なく、少し早めに閉店できました。

台風は秋田を外れてもっと北よりを通ると予報が変わってきました。
結局寝ずの番はせずに済み、構えて待って(?)いた台風10号は秋田を直撃することはなく、雨も旭川を増水させるほどは降らず、<肩すかし>に終わりました。ほっ!
台風一過、31日は最高気温31℃の晴天です。

台風10号に向かって上京し、台風10号に追われて帰って来たわたし。
「君は何の為に東京に行ったの?」夫に言われました。
万難を排して上京したものの何も決まらず、大急ぎで帰って来た。言われてみれば確かに。
それでも、兄も義姉も現段階で出来うる治療を受けて、経過も順調であることを知って安心しましたし、それで充分です。
老体の身(私)には、慌ただしく、きつ~い東京往復でしたが。


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↑ 二百十日の青空です。
8月の真夏日は秋田市で24日間、8月7日には最高気温37.5℃を記録しました。
ここまでは夏バテせずに何とか持っております。
by hanatabi-haruko | 2016-09-01 10:14 |