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この夏の思い出(2014.08.30 SAT.)

・孫たちが3人揃った竿燈まつり。↓

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・ 月下美人の花が10個、1個、2個、1個とトータルで14個も咲いたこと。↓

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・大曲の花火を皆で楽しんだこと。↓

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・花火の翌日、何時もの「アルパこまくさ」でみんなでゆっくり<はばき抜き          
  >ができたこと。(眺めの良い露天風呂も,昼食に食べたそばと天婦羅の盛り合わせも最高でした!)

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そして今日、大好物の「鮒ずし」が京都から届きました。今晩のお酒が楽しみです。↓

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こちらは夏野菜に付けていただきましょう。
御馳走さまです。ありがとうございました。

 

・ 秋田のお酒を求めて来られた若いお客さん達とたくさん会話したこと。
・ 姪と甥(長兄の)に会えて、いろいろな話ができたこと。etc.

5月6月に<家業40年>を振り返えり、沢山の方々との出会いをブログに書きました。が、またまた多くの方達とお会いでき、刺激に満ちた八月でした。
心配だった夏の体力も持ちこたえて、我が家業は現在進行形。有り難い事です。

川から吹き抜ける風が、めっきり涼しくなりました。
もう少し夏を楽しみたい気分です。
by hanatabi-haruko | 2014-08-30 11:32 |

第88回大曲花火大会(2014.08.25 MON.)

23日(土曜日)夜は、大曲の全国花火競技会でした。
店を臨時休業して、県外からの花火ファンのお客様たちと午前中に現地入り。(ご迷惑おかけました)
前夜まで降った雨の影響が心配されましたが、当日朝から天候が回復し始め、花火が始まる頃には陽も射し風向きもよく、絶好の花火日和となりました。

7時05分、オープニングの「ナイヤガラ」が競技開始の合図です。

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桟敷席で、美味しいお弁当とお酒を飲みながら、カメラ撮影はほどほどにして花火を満喫いたしました。

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ぎりぎりで天気も間に合い(気象条件もあってか入場者数は少なめでした)、終わってみれば過去五本の指に入る良い花火でした。印象に残ったのはやはり<大会提供のヴォレロ>でした。ヴォレロの曲にのって連続的に打ち上げられる花火ショーに酔いしれました。

桟敷席の真上で展開される「花火ショー」を見あげながら、天上から見下ろしているだろう故人がひとり又一人と多くなってゆく寂しさも感じました。長兄とお別れをしたばかりの私は、短い北国の夏の終わりに繰り広げられる今年の花火が、壮大な送り火のように思えました。

当日の模様はBS放送でも実況されましたし、たぶんこれから何回かは再放送されると思いますのでご覧下さいませ。臨場感の有る無しは大きな違いですけれどね。


稲穂の頭が垂れてきて、既に色づき始めた田んぼも見かけました。8月の花火が過ぎると‥‥秋の訪れを感じます。↓

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by hanatabi-haruko | 2014-08-25 17:37 | 雑事

長兄とのお別れ(2014.08.22 FRI.)

              
20才年齢が違う長兄の訃報を、甥が知らせてくれました。
父が亡くなって30年が経ち、そして今度は長兄が‥‥。

母が病気で亡くなったのは、姉が5歳、私が3歳の時でした。
私が育った千葉県鴨川は母の生まれ育った地、父母にとって二度目の疎開地でした。

幼子を抱えた父の再婚を強固に反対したと言う長兄。父の都合や希望がどうなのかを想像することはなかったかもしれない。亡母にたいするひたむきな思いがそうさせたのかもしれません。(その為ならば経済的な援助も厭わない覚悟があったようでしたが)

成人していた長兄と次兄は既に自立していて、私たちが疎開し定住した千葉県鴨川には一緒に住むことはなく、祖母(母の母)や、叔母(母の妹)が近くで支えてくれ、父は再婚することはなく幼い私たちを育ててくれました。

私が幼いころ、出張先のお土産を持って長兄が帰省するたびに、姉と私は遊んでもらったり海や街に連れて行って貰いました。
帰り道、子どもにとって長い道のりを、兄に教えてもらった歌を歌いながら一緒に歩いた記憶もあります。「ちんねんさんの歌」や熊本民謡の「おてもやん」の可笑しな歌詞は、今でも覚えています。たぶん兄が仕事で長期出張した先で知った歌だったのではないかと思います。

海水浴の帰りに、苺のかき氷に別注文した牛乳をかけて食べることも、兄に教えてもらった記憶があります。(父は、私たちがお腹を壊すことを恐れて、決して外でかき氷や心太を食べさせてはくれませんでした。)

お正月に兄たちが帰省すると、兄弟姉妹4人で「羽根つき」を楽しんだ想い出もあります。時にヒートアップしたラリーに父も参加して、羽子板で羽根を打つカチーンという音と笑い声が、ご近所に響いたのではないかと思います。
兄たちはそれぞれ器械体操、柔道が得意なスポーツマン。毎年ではなかったけれど、お正月の「羽根つきラリー」を私は心待ちにしていました。
私はめきめき腕を上げて、「また上手くなったな!」と、兄たちに誉めて貰うのが嬉しかったのです。

日本が戦争に突っ走って行こうとしていた時代。果敢な思春期であった長兄の進路は、誰でもがそうであったように疑問の余地もなく決まったようでした。
ある日、ラジオを聞きながらひとり留守番をしていた時のことです。
突然ラジオから「わたくし◯◯、訓練を終え只今アメリカから帰国いたしました。」と聞き慣れた声がしました。それは帰朝報告をする長兄の声でした。

努力家で一途な長兄は選んだ道を突き進み、様々な長を勤め父の自慢の息子であったようです。
慎重で出不精だった父が、特別な思いで遠路青森県の三沢に出向き歓待されたことは、父の忘れ難い想い出になったようです。

頑固一徹な父と一直線に進む長兄とはよく似た性格だった故に、随分衝突したようでした。
やがて自分の城を明け渡すつもりのない父と、「家長」の責任を果たそうとムキニなる長兄とは、お互いに主張を曲げないまま距離を置くようになり、特別な行事がない限り連絡をとることはなくなってゆきました。
その穴を埋めるように他の3人の兄弟姉妹が、以前にも増して父と連絡とるようになり、交流するようになっていったのは自然な成行きだったと思います。

長兄とは9年前叔母のお葬式で久しぶりに会ったのが最後でした。
富山県八尾町の田舎で生活していた叔母のお葬式は、多くの人が参集してくれ叔母を偲び、和やかで暖かいものでした。
私の隣に座った長兄は「田舎のおばあさんのお葬式にしては立派だな。自分の時はどうだろう?」と、気にしている様子でした。
私は「大丈夫よ。お兄さんなら沢山の人が来てくれるんじゃないかしら?」
兄もそんなことを具体的に考える年齢になったのだなあと、もうすぐ80歳になろうとしていた兄を励ますつもりでそう言った覚えがあります。
 

告別式にはどうしても出席できず、お別れをするために兄の家に行きました。
あちらこちらに連絡をとる忙しい姪と甥。今は住む人のいないつくば市の家で私はお参りをして、三人で随分長い時間薄暗くなるまで話をしました。

三人が顔を合わせて言葉を交し合うことなんて今まで一度もなかったというのに‥‥、叔母、姪、甥という関係だけで次々に話が続いてゆきます。(血縁関係にあるという無意識の安心からかもしれません。)
少し遅かったかもしれませんが、姪と甥を介して、怖かった兄との距離を縮められたような気がしました。

「お兄さんさようなら。そしてありがとう。」

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帰路、富士山が綺麗にみえました。
富士山の裾野にある官舎に、姉とふたりで長兄一家を訪ねたのは、小学生の夏休みでした。

by hanatabi-haruko | 2014-08-22 16:29 |

青森散歩(2014.08.18 MON.)

ここのところ東北日本海側はスッキリしない空模様。
僅かの晴れ間を求めて、対向道の帰省ラッシュを横目で見ながら、高速道を北に3時間弱車を走らせ青森へ。南より北が雲が少なそうですから。

以前にも行った事のある「三内丸山遺跡」に行ってみました。
大型竪穴住居 ↓(建物は勿論全て復元されたものです)

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巨木のモニュメント


掘立柱建物。
高床式の構造は共同で保存すべき大切なものがあった証しでしょうか?↓

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この遺跡群の敷地は入場無料です。

夏休みも終わりに近づいた子どもたちがチョウチョを追う姿も見られました。
縄文人が生活をした「竪穴住居」が並んでいます。↓

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地面を掘り込んで造られている竪穴住居には、屋根にあたる部分が土でできているもの、


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木の皮を巻いたもの、



水はけの良さそうな広場の中央部には、本格的に茅を葺いたものなどが集まっており、そこに住んだ年代を考慮しても、共同体には格差が存在していたことが伺われます。

ミュージアムでは縄文人の家族と家畜の犬(何れも人形)が、縄文人の生活を復元紹介するコースを辿ってみました。

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壺。大きさが解るように見学の子どもさんに立ってもらいました。


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板状土偶


私が興味をもったのは、生活をより豊かにしようとする工夫です。

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翡翠の大珠。ペンダントにしたのかな?


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ヒノキ科の木の樹皮で編んだ高さ16センチ、幅10センチの小ぶりのポシェット。


ゴミ捨て場から見つかり、中から割れた胡桃の殻が見つかったそうですが、何に使ったのかしら?
天気のよい日に、おやつを持って散歩(?)したのかもしれないと勝手に想像し、楽しくなりました。

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実用から離れたミニ食器は、もしかして子どもがままごと遊びに使ったのかしら?


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縫い針。精巧な物造りには精巧な道具が必要だったのでしょう。
厚い布を縫い易くするためにか、少し反っています。


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ゴミ捨て場から見つかった果実の種の多さや大きな魚の骨から、豊かな食生活が想像できました。


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「‥‥未来に向かって歩き出そう」
こんなメッセージで案内が締めくくられていました。
縄文人のスケールの大きさをイメージしたのでしょうね。

好奇心旺盛の若者の旅立ちを、近くから愛犬が見送っていましたよ。


その後、黒石市いなかだての「田んぼアート・さざえさん」を見学し、↓

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残念ながら「お岩木山」は雲に隠れていましたが、人の少ない弘前公園の中を散策し、↓

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弘前まで来たのですから、お土産は勿論「最勝院」五重塔すぐ側の


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「塔の下せんべい」。
がつんと美味しい小麦粉のお煎餅です。


ゆっくりのんびり休日を満喫いたしました。久しぶりに10000歩以上の散歩となりました。

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フジバカマ、芒。


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露草。


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萩の花も咲き始めていて、


早くも秋の気配が‥‥いえいえまだ8月半ばです。
なのに気温は25℃前後。日照時間の少ない8月は物足りません。
稲の生育、果実の甘味の為にも、カーッと暑い夏の陽射しが欲しい東北です。
by hanatabi-haruko | 2014-08-18 14:04 |

忙しかった一ヶ月(2014.08.16 SAT.)

4個ある月下美人の蕾のうち、一つが今夜咲きました。目で確認しなくても馴染みのない強烈な香りでわかりました。↓

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お盆も過ぎ、静かな夜です。
忙しいひと月でした。

この前の休日は八月十日(日)だったけれど、川反通りの賑わいを装う為(NHKのドラマ撮影がありましたので)夕方から店のシャッターを開けるることになりました。
竿燈祭りで休まなかった八月三日の前後を含めてもう三週間ほど、働きずくめの気分です。

我家業、九坪ばかりの狭~い店舗に、多い時には三組10人以上のお客様が一度に来店され、今人気の秋田のお酒を求め説明を求められました。
私も及ばずながら拙い知識と情報をフル稼働させて、お酒選びのお手伝いです。

例えば「辛口を」と決めておられる方には、用意してあるお酒を実際に試飲してもらい、お客様の反応を確かめ「甘辛」だけで選ぶことを諦めてもらってから話を進めてゆくこともあります。

何と言ってもお客様が「なんだか得をした気分!」と喜ばれるのは、恥ずかしながら私たちが語る「酒蔵の物語」です。
絶対的美味しさが数字だけでは解らないだけに、酒蔵さんとのこれまでの長いお付合いで見聞きしてきたことをお客様に伝えることが、酒選びの決め手になることも少なくありません。(お酒を<口八丁手八丁>で勧めるのですから大変です。失礼!)

「酒蔵の半径5キロの酒米栽培(最強の酒米山田錦は使用しない)」
「マンション一階の酒造り」
「白神山地の水を味わうことのできる酒」
「縛りの多い条件での酒造り(単一酵母、秋田県産酒米、身体にダメージが少ないようなアルコール度数)」
「社長さんの手書きの可愛い亀さんのラベル」
「直詰め、瓶貯蔵、瓶燗火入れがお酒を美味しくする理由」などなど。
私たちが勝手に語る酒蔵のキャッチフレーズもあります。済みません!

今、日本酒が静かなブームかもしれません。ブームの波は交互にやってくることは充分承知ですが、酒蔵さんの努力で、秋田のお酒がおいしいと、私たちの周囲では評判なのです。嬉しい事です。
お陰様で、小さな我家業はこの夏少し潤いました。ありがとうございました。

お客様との会話が楽しくて、気をつけないと知らず知らず仕事人間になっております。
そんな訳で、観光客や帰省客の多かったこの一ヶ月は、老体に鞭打って働き続けることになったと言う訳です。

そして今日も色々な方が店を訪ねてくださいました。
今、福島のFさんが(一年ぶりかな?)お寄りくださいました。
福島市のその後の生活を聞きながら、また一年が経ったことを改めて知るのです(時の経つのが早く感じられます)。
 

明日は久しぶりに一切の制約のない休日です。
さあ、思いっきりだら〜んとのんびりするぞ〜!
by hanatabi-haruko | 2014-08-16 20:51 | 雑事

特別な月 「八月」(2014.08.11 MON.)

昼過ぎの秋田市内、時折強風が吹きますが、久しぶりの陽射しです。
濁流が増水して怖かった旭川は、水の色も水嵩も元に戻りつつあります。

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台風11号は北海道の西沖合で温帯低気圧に変わり、降って湧いたような台風13号は現在日本の遥か東沖合にあります。
今回も、台風は日本列島に多大な被害をもたらして通り抜けてゆきました。

次々に見舞われる大きな自然災害に、私たち人間(生き物)は、無力にも翻弄されています。個人も組織も災害対策はほとんど後手後手のように見えます。そしてこれからも、事前に有効な対策があるとは言い切ることが出来ないのが残念です。

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川のそばの植物にオハグロトンボの雌が訪れました。卵を産みつけようとしているのでしょうか?

 
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カメラの角度を少し換えると、羽の翅脈が見えます。美しいですね。

 
地球上の生物の生き残りを真面目に考えるならば、世の中には私たち人間が責任を持って解決すべき問題が山ほどあるのに‥‥取りあえずは今が良ければいいと思っているのでしょうか? それともあまりにも問題が大き過ぎて手に負えないと諦めているのでしょうか?
解決を先延ばしすることで、その場凌ぎをしていることが多くあります。

今日、NHKの昼のテレビ番組で、『被災地の今』が放映されていました。
東北地方限定で放映されている番組ですが、今回は全国に放映されたようです。
2011年3月11日から3年半が経って、この間被災者の生活がどう変わったのかを伝える番組ですが、時間の経過のわりに、進歩がはっきり見えないことに驚きます。
そして人智の及ばない自然災害の前で、人はなんと無力なことか!あらためて思い知らされます。

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濃いピンク色の花は百日紅(サルスベリ)。

 
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ピンクの百日紅。八月を代表する花です。



では人間が招いた「人災」ならどうなのか? 過去に学習すれば、くい止められないはずはないと思うのですが‥‥。
例えば一旦手を付けてしまったが為その威力の虜になり、多くの問題を抱えてしまった「核」の問題。

八月は特別な月です。
69年前の広島や長崎の原爆投下の日のことが、今年も新聞の紙面で特集されました。
原子力に関しては原子爆弾投下、原子力発電所の事故、いずれも日本は唯一甚大な被害を受けた被曝先進国(?)です。真摯に検証すれば、自制の難しい人間社会で、危険過ぎる「核」の平和利用はありえません。
明確な答えは出ているのに、被害をくい止められないでいます。
情けなくも悲しい現実が、これからどのくらい続くのでしょか?

辛い体験ではありますが、被曝国として、世界に向かって<核の被害の恐ろしさのデーター>を公表し続ける責任があると、私は思います。

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昨年奈良の知人から戴いた「奈良団扇」を飾りました。
五重塔に鹿の切り抜き団扇。扇風機の風に舞って、涼しげです。

 
八月旧盆には、暑さと太陽が戻ってきそうです。
残暑お見舞い申しあげます。
by hanatabi-haruko | 2014-08-11 18:21 | 雑事

竿燈まつりが始まりました(2014.08.04 MON.)

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↑ 8月3日夜、今年の「竿燈まつり」の初日。
竿灯大通りに一斉に竿灯が上がりました。
日曜日ということもあって、子どもを肩車したお父さん、家族連れが目立ちます。(夫が写真を撮りました)

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↑夜9時過ぎ、 すずらん通りと川反通りが交叉する3丁目橋角当りは、戻り竿灯を待つ人たち帰る人たちで混雑しています。

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幾つもの竿灯会が川反通りに戻って演技しますが、なんといってもこの通りの竿灯会「川五竿灯会」が、通りのお店の人たちの応援を得て張り切っています。

                
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↑ 夏休みで帰省した上の孫娘も、思いっきり太鼓を打って、2年ぶりの夏祭りを満喫しているようです。

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下の孫娘たちちびっ子の出番は終わり、退屈しています。
それにしても暑~い夜です。

 
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『地元の祭りの時、家業を生業とする家はゆっくり食事などしていられない。』ことをよーく解っていると、毎年富山のE子さんから差し入られる「鱒寿し」が、今年も届きました。ありがとうございます。さっそくいただきました。



さてさて2日目の今日は曇り空。なんとか降らずに竿燈を上げられるように祈っています。
by hanatabi-haruko | 2014-08-04 16:40 | 雑事

「NHKラジオ深夜便 」頼り(2014.08.03 SUN.)

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簾越し、網戸越しの朝の陽射しがカーテンに縞模様を映して、今はまだ涼しげです。が‥‥、今日は最高気温33℃の予報が既に出されています。 あな恐ろしや!



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ベランダの月下美人が又、蕾を付けています。

 
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枝豆にマメのさやがぶら下がりました。

 
光に透けて見える中身はまだスカスカです。
「外観は中身の入れ物に過ぎない」と言いますが、全くその通り。中身が問題です。美しく完璧に見えてもまだ未熟、これからどれだけ中身が成長するのでしょうか?

昨夜は明け方まで気温が25℃ほどで、少し寝苦しかった所為もあり、AM3時頃に目が冴えて暗闇の中で何回も寝返りをうっていました。
暑さ対策はアイスノン枕を首筋に当て、カーテンは引いているものの寝室の窓を全開。
万全のはずですが‥‥忙しかった日の夜にはよくあることです。(疲れたら朝まで爆睡するのが当たり前だった若い頃には、考えられないことです。)

そんな時のために、最近は枕元にラジオを用意して、イヤホーンで「NHKラジオ深夜便」を聞くようになりました。
深夜労働をする人や一人暮らしのお年寄りに人気だそうです。
私は条件は多少異なりますが後者ですね。

今朝は、作詞家「阿久悠」さんの特集でした。
高橋真理子の「ジョニーへの伝言」
森山加代子の「白い蝶のサンバ」
和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」
と、続きます。

『ジョニーが来たなら伝えてよ  2時間待ってたと
『あなたに抱かれて私は蝶になる あなたの胸あやしい蜘蛛の糸 はかないいのちさだめなの 』 
『あなたに逢えてよかった あなたには希望の匂いがする 』


阿久悠さんの歌詞には、主語も述語も冒頭からはっきり言い切って、あとは主人公である「私」を別の私が俯瞰し突き放して詰めてゆく明快さ凄さがあります。

主語が曖昧なまま、終わりの述語に至っては声が小さくて聞こえない。話の内容の質問の前に、聞き取れなかったことを聞き直すなんて興ざめします。相手に正確に気持ちを伝えることを重要なことと考えていない会話は私、苦手です。そんな私を友人は「やっぱり秋田の人ではない!」と言います。む〜、何十年住んでいても‥‥言われてみればそうかもしれません。 

明快な分析力の持ち主の作詞家「阿久悠」さんの歌は、聞いていると「なるほどね〜」と、引込まれてゆきます。30分のスリープタイマーを更新しながら夜が更けていきます。
やがて疲れた脳神経の迷いも薄れて、いつの間にか眠りに戻ってゆけました。

今日から4日間、秋田市は「竿燈まつり」です。
日曜返上の暑〜い長〜い一日が思いやられます。

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竿燈提灯を軒に吊るして、お客様を迎える準備が、今朝一番の仕事です。
by hanatabi-haruko | 2014-08-03 11:01 | 雑事