花・旅・人

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田村一氏の個展「新・折衷主義」を覗いて(2017.03.10 FRI.)


b0226219_14275416.jpg陶芸家田村一さんの個展のポストカードが届きました。
今回のテーマは「新・折衷主義」


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会場は近くです。早速覗いてみました。
白磁に鉱物の「からみ」の粉を乗せて焼いたそうです。
清冽な白色が、地の底からの鉱物を受け止めて焼かれ融合しています。
他にも大胆な造形物が、「どう!どう?」と、問いかけてきます。

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そう言えば、前回は

b0226219_14281911.jpgこんな唇の盃を衝動買いしました。
ちょっとグロテスク、でもオシャレ!


b0226219_14282267.jpgとても繊細です。


田村さんのお話を聞きながらアレコレ眺めているうちに欲しくなって、直径12センチほどの小鉢(碗)を求めました。

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生成りがかった白の逆三角錐、
渕に沿ってぐるりの釉薬が緑も茶も色調が抑えられて‥‥形はまるで生え揃った粘菌の子実体みたいです。

b0226219_14280915.jpg参考までに


b0226219_14281381.jpg参考までに


b0226219_14280365.jpgこの角度から眺めては、 癒されています。

いいなぁ〜!





by hanatabi-haruko | 2017-03-10 14:51 |

忌野清志郎 「カバーズ」1988年(2017.03.04 SAT.)


忌野清志郎 「カバーズ」、発売してから29年も経っているけれど、聞く度に2011.3.11大震災の原子力発電所の事故‥‥放射線の影響に怯え故郷を捨てて逃げる人々の様子が甦ります。(我が家でも、孫たちの安全を考えたら日本国外に脱出するしかないかと、親たちは真剣に考えていたようです。)

<サマータイム・ブルース>

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b0226219_10173803.jpg♪暑い夏がそこまで来てる 
みんなが海にくり出していく
人気のない所で泳いだら 
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねえ  何のため? 
狭い日本のサマータイム・ブルース
 


b0226219_10174161.jpg♪熱い炎がさきっちょまで出てる
 東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく 
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ 誰のため?
 狭い日本のサマータイム・ブルース 



b0226219_10174531.jpg♪寒い冬がそこまで来てる 
あんたもこのごろ抜け毛が多い
それでもTVは言っている 
「日本の原発は安全です」 
さっぱりわかんねえ 根拠がねえ 
これが最後のサマータイム・ブルース



b0226219_10175000.jpg♪あくせく稼いで税金とられ 
たまのバカンス田舎に行けば
37個も建っている 
原子力発電所がまだ増える
知らねえうちに 漏れていた 
あきれたもんだなサマータイム・ブルース




電力は余っている 要らねえ もう要らねえ
電力は余っている 要らねえ 欲しくない
電力は要らねえ 危ねえ 欲しくない‥‥‥


サマータイム・ブルースはアメリカのロックンロール草創期に活躍したエディ・コクランの代表作。
チェルノブイリで原発事故が起きたのは「カバーズ」発売2年前の1986.4.26。

RCサクセションの「カバーズ」が東芝からは発売禁止になり、発売元を替えて世に出た(1988.8.15)ことが話題になり、オリコンチャート1位を記録した。

そのころ、原発は二酸化炭素を排出しないあたかもクリーンなエネルギーであるかの如く宣伝されていた。そうは言われても、日本人には広島、長崎と、核被爆の歴史体験があるし、疑いの目で見ていた人たちも多かったように思う。
「 カバーズ」には、核戦争で世界が破滅するんじゃないかと警告する替え歌や、日本の政財界の拝金主義者を揶揄するカバー曲が他に10曲入っている。またレコーディングに参加協力している豪華メンバーにも興味があります。

思ったら歌にする。とは言っても、彼のスタイルから想像しますと、反戦反原発ソングで『メッセージ』を世に発信したつもりはなくて、人間の愚かさ、詳細を知らされないままに被災した人たちの哀しみや怒り無念さを言葉にしただけ なんだと思います。残念なことに、彼は2009年喉頭がんのため58歳の若さで死去。2011年の東日本の大震災、原発事故まで後2年でした。

彼忌野清志郎 はチェルノブイリ原発事故の惨状を知り、核戦争の脅威や原発事故はどこか遠い国の出来事ではなく、日本でも起き得ることを特有の動物的嗅覚で予感したのかもしれません。彼の予感は的中しました。

清志郎さ~ん! 貴方の懸念していたことがほぼ現実になって、わたしたちは驚きオロオロしています。もし貴方が健在だったなら、心配が現実のものになったことを、ご自身が一番驚き哀しんだかもしれませんね。

できることなら長生きして、2011.3.11の東京電力の地上最悪の原発事故を一緒に検証し続けてほしかった。(事故から6年経っても未だに、メルトダウンした核燃料の処理には手が付けられずにいます。高濃度の放射線の為ロボットさえ予定通りに起動できずにいるようです。汚染水のタンク、除染物の入った黒いビニール袋は原発周辺に山積みのまま。つまり事故のあった周辺には高濃度の放射線がこの先何十年も、まだまだ存在し続けるってことなんでしょう。) 
「福島の原子力発電所は、完全にコントロールされているなんてウソさ!」 って、歌って欲しかったです。
発禁を恐れずにありのままを表現できるエンターテイナーは、清志郎さん、あなたくらいしかいないかもしれませんから。
「オレにはもう関係ないよ!」なんて言わないで、遠い空の上から見守ってくれているって思わせてください。

ドライブ中に聞きたいCDラックの中に、忌野清志郎のこの「カバーズ」も入っています。
深刻な内容、歯に衣着せぬ物言い、なのにスカッと歌う明るさ。クセのあるしゃがれた高音を、時々聞きたくなるのです。
 




by hanatabi-haruko | 2017-03-04 10:33 |

2016・マイブーム(2016.12.28 WED.)

一つ目は

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ケータイマグ500ml入りが大活躍いたしました。

喉を潤すことは勿論ですが、水分補給が一番の目的ですので、夏でも体温に近い温度のお湯を入れておいて、ゴクゴク飲みました。

 
お陰で夏の間は大活躍、夏バテもせず脱水症状に陥ることもなく過ごせました。

では冬はどうなのか?
最近仕入れた情報によりますと、 「10分置きに喉に水分を通過させれば、風邪の菌が洗い流され(胃では胃酸で菌が死滅するので)風邪に掛かり難い」 そうです。
そこまでせずとも、気がついた時に一口飲めば、他人(ひと)と接することの多いこの時期、風邪予防によいかもしれません。
旅にも携帯しますし、一年を通して手放せないものになりました。

二つ目は

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梅ジャム。

ジャムの定義に甘いという項目があるとしたら、これはジャムではありませんが。

 
話せば長いことながら、梅の実の出回る初夏のころでした。
「梅の実ってどうして青い実が多く売られているのだろう?実っていう以上は美味しさは熟れてこそじゃないのかな?」
苺、山葡萄、ハマナスなど、熟れた果実に出会うと砂糖で煮てジャムにしてみたくなる私です。そんな疑問が私のなかで大きくなっていました。
オレンジ色に熟れた梅の実を店頭で見かけたときには、迷わず「今年は梅ジャムに挑戦してみよう!」と決まっていました。

わくわくしながらの作業でしたが、甘酸っぱい美味しい梅ジャムは‥‥結局できませんでした。
何故って、気付いた時には時既に遅し。砂糖のはずが塩を、それも大量に投入した後だったからです。なにをぼやっとしていたのでしょう!

諦めきれず、艶やかな飴色の失敗作「梅ジャム」は、私の執念で一転して自己流「梅日塩」に変身です。

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ところがこれが 絶妙な塩梅で、思いがけず美味!!
スプーンにほんの少しの量を野菜に混ぜるだけで

 
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↑ 後はオリーブオイルをお好みの量かければ、梅の風味の爽やかなドレッシングになるのです!
お~、良かった良かった!
大事な材料と光熱費と時間を無駄にせずにすみました。ホッ!

来年は最初から「梅日塩」造りをしようと思っていますが、またまた勘違いして今度こそ「梅ジャム」ができたりして‥‥それもまたいいかな?
by hanatabi-haruko | 2016-12-28 09:09 |

ノーベル賞受賞・話題の人(2016.12.12 MON.)

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日曜日、未明の降雪で道路が一面白くなりました。

 
日曜日未明と言えば、スエーデンのストックホルムではノーベル賞の授賞式が開かれていたようです。

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大隅さんがノーベル賞受賞晩餐会で、


「酵母をおよそ40年研究してきた。この機会に酵母からたくさんの教えや素晴らしい贈物を貰ったことに感謝したい」 と挨拶され、「私が もっとも気に入っているのは酒」 と続けて、会場の笑いを誘った。と報道されました。
日本固有の醸造酒「酒」の酵母の魅力を伝えてくれたような気がして、酒関係の仕事に携わるものとして、してやったり! のうれしさです!
来店のお客様との会話も更に盛り上がり、酒談議に花が咲きそうです。

もう一人、私が感心をもった受賞者はボブ・ディランです。
↓ 新聞の一ページ全面に載ったボブ・ディランの記事です。

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折しもテレビでは1960年代フォークシンガーの活躍前夜を思わせる映画を見ましたし、10日深夜、11日深夜はふた夜連続で「ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム」前・後が流れました。

聞いたことのなかった斬新なメロディーラインで驚いたのはビートルズ。
歌詩で衝撃を受けたのはボブ・ディランだったことを思いだしています。
授賞式には欠席が分っていたボブ・ディランでしたが、代理人を立て最低限の礼は尽くした形になったのは意外でしたが。

月曜日の今日、町中の雪はすっかり解けてしまいました。
by hanatabi-haruko | 2016-12-12 19:26 |

日本酒を「世界に尊敬される」酒に戻す!‥(2016.12.07 WED.)

今、イノベーション=「革新」‥制度や組織などをかえて、新しいものとすること‥という言葉がよく使われています。(リフォームに近いかな?)

新政酒造の蔵元・佐藤祐輔さんが、最近 <日本酒を「世界に尊敬される」酒に戻す!2016.11.20 前編 2016.11.29 後篇のテーマで対談されています。
とても興味深い内容でした。

自らの理想とする酒造りについて、直球を投げるような発言です。
酒造りの理想を江戸時代の生酛造りとし、当然アルコールや乳酸などもろもろの添加物を認めず、酒の個性を新種酵母の開発に求めず(6号酵母に限定)などなど‥‥健全な思考で掘り下げてゆく。酒を醸すことを通して、日本文化の固有性をも根底から問い直す。胸がすく思いでした。
読んでゆくうちに、これは「革新」ではなく「革命」じゃないかと直感して‥‥どきり!(日本酒を「世界に尊敬される」酒に戻す!で検索できますので、是非ともご一読を)

且つて、レボリューション=「革命」‥既成の政治権力を倒し(握り)、国家や社会の組織を根本的に変えること‥と言う言葉を身近に感じたことがありました。

時代は遡って50年近く前、学生運動が日本社会を大きく揺さぶっていた頃のことです。
場所は日比谷公園。若者たちの圧倒的な支持を得て青白き青年、東大全共闘 代表 山本義隆氏が登壇しました。
連帯を求めて孤立を恐れず 力及ばずして倒れることを辞さないが 力を尽くさずして挫(くじ)けることを拒否する  
のメッセージカードを胸に付けて。

折しもベトナム戦争が激しくなり、毎日のように戦闘機が沖縄のアメリカ軍基地から発進し、ベトナムの国土をキャタピラで踏みにじる戦車が日本から運び出されていました。
いかに日米安保条約が締結されていたとはいえ、「それを傍観することは、ベトナム戦争のアメリカ側に加担するに等しい」と、私も思っていました。
反安保、反戦、大学の自治等々を掲げて学生運動が激しさを増していました。

正義の筋を通そうとする若者たちの、常識を破壊するラジカルな発信に、心を揺さぶられた記憶が甦えりました。

え、ちょっとちがう? かもしれないけれど‥‥でも蔵元さんの発信に、気持ちが揺さぶられたのは確かです。

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↑ ジャコバサボテンが咲き始めました。
by hanatabi-haruko | 2016-12-07 14:40 |

兄夫妻の『終活』その3(2016.12.03 SAT.)

昨日までの強風が嘘のような穏やかな晴天の12月です。
↓ 風もなく陽射しが眩しい旭川です。

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ところで、日本の100歳以上人口は今や60,000人を越えたそうです。
高齢化社会、親兄弟家族に高齢者がいる方は少なくないと思います。
これから人生100年の時代に限りなく近づいてゆくのでしょうか?
自分自身の老化とも格闘しながら、真正面から兄弟家族が「老いていく」ことを受け止める時代の到来といえましょう。

90歳を越えたご両親と同居しているMさんが教えてくれました。

二人を見ていて思うのは、からだの老化と気持ちの老化のギャップです。‥‥
中略‥‥二人を見ていて、ふと人生は100メーターの水泳競技に似ているのかなと思います。50メーターでターンしてからが本番で、ゴールにタッチするまで「ひとかき」「ひとかき」にすべてを込めて泳ぎきろうとしているのかなと。年取っても毎日が無駄のない「ひとかき」なのかと。


私には、離れて暮らす80歳半ばの兄夫妻がおります。
日常生活の上手な手伝いもできず、ただおせっかいな傍観者に過ぎなかった私にとって、適確過ぎる助言です。目から鱗でした。
以来私は、心配だと言いながらその実は干渉しようとしていたことを反省し、はやる気持ちを抑えられるようになりました。 気が楽になりました。

先日兄から、送った増田町りんごのお礼の電話がありました。
「終活は少しは進んでいるの?」
「進めている。気がつけば、回りには自分より年齢が上の人がうんと少なくなったからネ。」
「そうね~!(手を付ける余裕が出来たのネ)」
「義姉さん(妻)が転んで肩を骨折してね‥‥通院しているヨ。」
「え! それは大変ね!」

翌日兄から住所変更の挨拶状が届きました。
長いご無沙汰をお詫びいたします。
2年来の二人の体調不良も漸く一段落した模様で、来春は「新居」でゆっくり過ごせそうです。
と。順番が逆になりました。 

ヤレヤレ。身体的不具合やちょっとした事故は日常茶飯事のようです。
それでもなんとか日常生活を取り戻して、二人三脚で歩き出しているようです。

納得できる生き方を手探りしながら、全力で生き抜こうとしている兄夫妻。
例え思わぬアクシデントでアタフタしているように傍目に写ったとしても、ゴールに向かっての力泳を、今は見守ってゆこうと思っています。

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ご近所の垣根の残菊です。

 
♪ 庭の千草も虫の音も 枯れて寂しくなりにけり
 ああ白菊 ああ白菊 ひとりおくれて咲きにけり ♪

散歩のできる天気が続き、迎えるお正月が穏やかな天候であればよいと願っています。
by hanatabi-haruko | 2016-12-03 11:29 |

池見元宏先生のこと(2016.11.07 MON.)

11月に入りました。
亡くなった方をずっと忘れないでいることが、残されたご家族にとってご迷惑ではないのか?迷いながらもこれまで一年に一度この時期、必ずお訪ねしてきたお宅があります。
11月5日がその方の命日です。

1984年11月5日、秋田県醸造試験場の場長だった池見元宏先生は、これからのご活躍を期待されながら、54歳の若さで他界されたのでした。
日本酒に関わる基本的な事柄を教えて下さった方、多くを学ばせていただいた方でした。

6日(日曜日)にお宅を訪ねますと、大らかで何時までもお若い奥様が玄関先で応対して下さいます。
「5日の命日に親戚と三十三回忌の法要をしまして‥‥」とのこと。もうそんな時間が過ぎ去ったのかと改めて驚きます。

池見先生のご仏前には、その年に発売されたばかりの「出羽の雫」を供えていただくのが、何時からか決めごとになりました。奥様が刈穂酒造の会長さんとご親戚筋であることも後日知り、御縁を感じております。

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酒販売店の仲間3店が、「刈穂・出羽の雫」の醸造を酒蔵刈穂さんにお願いしたのが29年前のこと。先生がご存命であれば、一番にご報告したかった事柄でした。
「出羽の雫」は毎年11月1日発売、今年で28回目の造りになりました。

今年はちょっとした新しい試み(販売会のメンバーも参加して酛摺り作業をしたこと)をご報告できました。 

 
花束は奥様へのプレゼントのつもりですから、明るい色を選んでみました。
今年は花やさんで「これとあれ」などと、私も楽しみながら花束ができ上がりました。↓

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仏教の世界では、どんな人でも33年経てば極楽浄土にいけると言われています。
三十三回忌法要は形式的には法要のし納め、弔い上げの意味があるのはその為でしょうか?
池見先生は、早々と極楽浄土に行かれて、美酒のグラスを片手に日本酒新時代の到来を驚かれ、喜んでおられるのではないでしょうか? ‥‥そんな気がいたします。
by hanatabi-haruko | 2016-11-07 16:05 |

美味しい<差し入れ>(2016.10.01 SAT.)

心配事があったり考え事をしていると、仕事の失敗も出てしまいます。
忙しいからという理由も通用しないので、落込んで尚更のこと上手く運ばない。
ここ何週間かはそんな繰返しでした。プロにあるまじきこと、未熟者です。

そんな時、美味しい<差し入れ>がどんなに嬉しかったことか‥‥。
目にも鮮やかな野菜たちです。ありがとうございます。

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食べ方は‥‥大学芋に決めています。

 
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真っ赤な逞しいパプリカは薄くスライスして朝サラダのトッピング。

菊の花のお浸しは秋の定番メニューです。
おや! 菊の花の中から、小さなくもが逃げていきました。


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ししとうはカリッとベーコンと炒めもの。

紫玉葱(アーリーレッド)はスライスして酢漬けに。


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小なすの麹漬けは見事な青紫色、薄塩です。

茄子好きの夫の大好物です。


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大きな栗の渋皮煮も。


そして「ばっけもろ味噌」「新米」も。
これらの食物が全て自家製であることにまず驚きます。なんて豊かな食生活を送っておられる方でしょう!
さっそく「ばっけもろ味噌」「なすの麹漬け」「栗の渋皮煮」を昼食にのぼせました。
どれも心のこもった美味しさです。
優しく胃の腑に落ちてゆきます。

街中の私どもの食生活では到底できない自家製の贅沢をお裾分けしていただき、ふっと肩の力を抜き深呼吸ができました。感謝しております。御馳走さまです。
by hanatabi-haruko | 2016-10-01 16:23 |

兄夫妻の『終活』その2(2016. 09.09 FRI.)

(前置き‥‥極々個人的な重~い話です。) 
<兄夫妻の『終活』>について話が出た去年の7月から一年が経ちました。

今年になってから兄は既に二回、入退院を繰り返しています。
一回目、頸椎の手術を翌日に控えた 1月31日、兄の病室を訪ねた時も、エンディングノートはまだ見せては貰えませんでした。
術後訓練して日常生活に復帰することだけを考えている兄に、「最悪の結果を考えて、どうして欲しいのか明記して!」とはどうしても言えませんでした。(ブログ2016.2.3『兄の覚醒』)

幸いにも手術は成功し、3月6日リハビリのために転院した病院に見舞ったときは、「真面目に訓練し、看護士たちも驚く程だ。」と、兄本人から報告を受けました。順調な回復が余程嬉しかったのでしょう。兄は得意顔で何度も何度も繰り返し話してくれました。

6月13日、兄夫妻のアパートを訪問したときには、表面的には元気でしたが、食欲がなく、兄は用意した仕出し弁当が喉を通らなかったのが気になりました。
気にしていたことが的中しました。翌日義姉の検査に付き添っていった病院で、兄が喀血してそのまま入院したことをF子さんからの電話で知り驚きました。
検査の結果は咽喉部の扁平上皮癌。「放っておけば余命一年の宣告を受けた」と、兄から電話を後日受けました。

数年前から身体の様々な不都合が次から次に見つかり、全身が徐々に老化現象を引き起こし、その都度入退院を繰り返してきたけれど、いよいよその日が来てしまったのか‥‥。それでも生命力が人一倍強い兄のこと、一日でも長く生きようと努力すれば余命は先に延ばせるに違いないと、私は思っていました。

二回目の入院(本格的放射線治療)は8月に入ってからでした。
・ 患部を取り除く手術は声を失うのでしない。
・ 抗がん剤は腎臓が悪いので使えない。
結局、患部に放射線を集中照射する治療をすることに決まり、最初は通院で、その後は8月のあまりの暑さで入院しての治療に変更されました。
義姉をひとりアパートに残してはおけない事情を知る病院の計らいで、一緒に同室入院となり、治療に集中できるであろうとほっとしていました。
義姉は持病の治療を継続していましたが、よく効く新薬を投与することを兄が決め、夫婦とも出来うる最良の治療を受けることになったのはよかったと嬉しく思いました。

8月25日兄から電話があって、29日(月)二人の退院後のことで相談会を持ちたいので、兄側親族として上京して欲しいとのことです。
今後の兄夫婦の生活に関わる大事なことです。時間をやりくりして何とか上京しなければ。(ブログ2016.09.01台風10号に急かされて)

28日(日)、兄から「今、何処?」の電話。
「(まだ)秋田‥」と答えると、そのまま何もしゃべらずに電話が切れました。
なにか言いたいことを沢山貯めてイライラしているように感じました。
8月29日、新幹線で上京。午後2時に病室を訪ねますと、兄は相談会のことで頭がいっぱいなのか、私と近況を話す余裕もないように見受けられました。

まず別室で、兄の患部の治療前治療後の写真を見ながら担当医の説明がありました。
放射線治療を受けた結果、改善された写真をみせられました。
治療による火傷の跡は、栄養を付け喉の筋肉を鍛え回復を待つんだそうです。(当面の最大注意は「ゴエン」、「ゴエン」による肺炎がもっとも危ないと注意されました。)

病室に戻り、いよいよ退院後の介護(生活援助)の話し合いが始まりました。
出席者は病院から看護婦長さん、看護婦さん、ソーシャルワーカー。それにケアマネージャー、兄夫婦の極身近にいてくれ介護士でもある知人F子さん。義姉の甥のYさん、私の計7人です。
ところが兄が開口一番
・ 病院への不信(義姉の担当医が急に出席できなくなったことの説明がない)
・ 義姉の担当ケアマネOさんへの不信(「兄の負担を減らす」という言い方に「夫婦はそんな一方的な関係ではない。支えられてもいる」ことを理解していない。)を指摘しました。
7人もの関係者が時間を割いて出席してくれたのに、兄は気にかかる点を追求することに終始し、堂々巡りが約一時間ほど続きました。

兄の身内として私は、万障繰り合わせて出席してくれた皆さんに申しわけなくて、結果兄を責めるような発言をしていました。やり取りの中で私の「(兄が)怖くて話せない」という発言に、「子どもっぽい発想だ!」と、私への不信が湧いたようでした。
兄は、信頼関係にある者の間では(激しい)議論はより良い結論への過程にすぎない。そんなことを言いたかったのかも知れません。学習としてのディスカッション‥‥私はもう何十年もしていません。そんなこともすっかり忘れていましたし、相談会がそんな場であるとも思っていませんでしたので。

婦長さんの「次会へ。」の発言で、18時にお開きになりました。
思ってもいなかった展開に戸惑ってか、出席者はすぐに解散できず、病室の外に佇んでいましたので、私は<老人の頑固さ>を詫びるしかありませんでした。でもそんな私の言動は、兄にとっては筋違い、余計なことだったのかもしれません。

翌日、「妹として不適切な発言をした」ことへの叱責の電話が兄からありました。(遠くから時間と仕事のやりくりをして上京したことへの気遣いや、直撃こそしなかったけれど台風10号の話は残念ながらありませんでした。)

「最近、堂々巡りが多くなった。」とF子さんから聞いていたことを思いだしました。
もしかして、客観的で論理的だった以前のような兄ではなくなっているのかもしれない。そのことに気付いていなかったのは、高齢者介護のプロでもなく、たまにしか会わない私だけだったのかもしれない。と、はっとしました。

複数の病いを患い、物忘れが始まっている妻を心配しながら、自らの病とも戦わなければならない兄。一年後なんてそんな先の話よりも、当面の治療が先決なのかもしれない。そうかもしれないけれど、余命一年と宣告されてから既に2ケ月が過ぎている‥‥有限な命であることは間違いないのです。
義姉が残された場合を想定して、終活作業に優先順位をつけ、義姉の身の振り方を早急に指示してほしい。その作業に一刻も早く取りかかってほしい。
その為に、日常生活のどんなサポートができるのか?次回相談会は話の進展はあるのだろうか?。私の頭の中ではいろんな思いがぐるぐる巡っています。

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時期外れのバラが咲いて、慰めてくれます。

生きることも大変だけれども、『終活』(終わりに向かって活きること)は大変なのだと実感しております。

 
by hanatabi-haruko | 2016-09-09 14:07 |

小3の『夏の おもいで はい句』(2016. 08.26 FRI.)

秋田市の小学生は、8月25日から二学期が始まりました。
小3の孫娘も、沢山夏の想い出をつくって、元気で登校したようです。

お盆の期間中は児童館での学童保育もお休みで、母親と一緒に我が家に通って来ていました。
毎日何かしら学習する家庭学習帳に、『夏の おもいで はい句』を書いていました。6句つくった中の3句を小筆で料紙に絵入れで書いたものを残していってくれましたので、ご紹介します。

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本人いわく
『筆で書いて、俳句っぽくしたかった』んだそうです。

 
第一句‥‥生レミソ 二人で一っこ たべようね           (生レミソ=生レモン ミルク ソフトのこと) 

秋田市内にある、夏に行列のできるかき氷屋さんにおねえちゃんと行った想い出の一コマ。
お目当ての<生レミソ>は大盛りで、ひとりでは到底食べ切れそうにありません。お腹を壊したら大変。おねえちゃんの提案が妹は嬉しかったに違いありません。おねえちゃんの優しい語りかけがそのまま俳句になっています。
大盛りの生レミソの絵もいいですね~。

東京で学生生活をおくっている大好きなおねえちゃん。
夏休みに入って最初の大イベントは、ひとりで飛行機に乗って東京に行き、おねえちゃんのお世話で二泊三日の東京見物をしたことでしょうか。
竿燈まつり前に一緒に秋田に帰省し、その後10日間上京するまでずっとおねえちゃんにべったりで過ごしたようです。

第二句‥‥はねながら たたいたたいこ かんとうの 

川五竿燈会さんのお世話になって4日間、ここでもおねえちゃんと一緒に思いっきり太鼓を打ち、ふる里の祭りを満喫したようです。
身体全体でリズムをとる太鼓の打ち方は、おねえちゃん譲り。
「姉妹でよく似ているね」と言われて姉も妹も嬉しそうでした。

第三句‥‥よぞらには たくさんひかる かんとうだ 

観衆の見守る中、仲間とバチを繋いで夢中で太鼓をたたき続けます。
ふっと見上げるとたくさんの提灯の光りが夜空を彩っている。
一瞬時が止まり、こんな光景の中にいる自分を、違う自分が俯瞰している。
凄い体験をしていることに気付かされる瞬間です。

おねえちゃんと一緒に「竿燈祭り」でお囃子を担ったことは、大切な想い出になったようです。
六句詠んだ(夏休み前半の)夏の想い出俳句のうちの、ベスト3だそうです。

いいなぁ~! 氷菓子、夏祭り、夏の季語もバッチリですし、なによりストレートな感情が伝わってきます。
下書きも練習もなく、未熟ながら墨と筆で挑戦してみたのも‥‥いいなぁ~! 

遥か昔の私の夏休みといえば‥‥近所の友達と川で泳いだこと、イチゴミルク味のかき氷を初めて食べたことなど‥‥。
小3の頃に戻ってアレコレ想像し、ワクワク感を再体験させてもらえました。
よいものを見せてもらいました。
by hanatabi-haruko | 2016-08-26 09:23 |